大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)57号 判決 1997年11月28日

アメリカ合衆国デラウエア州 ウィルミントン

ナインス アンドマーケット ストリーツ デラウエア トラスト ビルディング

上告人

ブリード オートモティブテクノロジィ インク

右代表者

ローニー・R・ドレイヤー

右訴訟代理人弁護士

安田有三

小南明也

同弁理士

若林忠

渡辺勝

金田暢之

石橋政幸

伊藤克博

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第一一三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年八月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安田有三、同小南明也、同若林忠、同渡辺勝、同金田暢之、同石橋政幸、同伊藤克博の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するか、又は原審で主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成九年(行ツ)第五七号 上告人 ブリード オートモティブ テクノロジィ インク)

上告代理人安田有三、同小南明也、同若林忠、同渡辺勝、同金田暢之、同石橋政幸、同伊藤克博の上告理由

原判決は本願第1乃至第3発明の要旨の認定を誤ったものであり、特許法第三六条第四、第五項の解釈適用を誤った違法があり、破棄されるべきである。

一、 上告理由の要点

本願第1乃至第3の各発明の要旨が、原判決第2項2に記載された文言より定まることは認める。

しかしながら、原判決は右文言の解釈として、本願各発明の特徴、すなわち発明の要旨を誤認乃至看過したものである。

二、 技術常識

特許明細書は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識」(出願時の技術水準)によって記載されるものである(法第三六条第四項)。

そこで、本願発明の技術分野における出願時の技術水準を述べる。

1、 本願出願時の技術水準

(一) 本願発明「低バイアスセンサ」は、車両走行中の衝突事故の際、前部座席の運転者あるいは同乗者の身体を守る安全用の空気バッグを膨張させるセンサである。

例えば時速三五キロメートルの速度で走っていた車両が衝突によって停止したとする(速度ゼロ)。この場合時速三五キロメートルから同ゼロキロメートル迄減速したことになる。このときの減速した速度の量は時速三五キロメートルである。そして停止迄に要した時間を、仮に〇・一秒であったとする。このときの衝撃のパルスは、時速三五キロメートルで〇・一秒間とも表現できる。

<注> 加速度(速度の変化率)の単位として重力加速度(G)がある。これは地上に落下するあるいは上昇する物体に対して下方に加わる加速度で、一秒当り秒速九・八メートルである。すなわち、一秒間に速度が秒速九・八メートルの割合で変化する加速度を重力加速度といい、これを単位として1Gとも表現する。右秒速九・八メートルを時速に換算すると、時速約三五キロメートルである。従って、一秒当たり減速した速度の量が時速三五キロメートルのとき、1Gの減速する加速度が加わったことになる。これをマイル単位に換算すると(一マイルは約一・六一キロメートル)、一秒当たり時速約二〇マイル減速したとき1Gの加速度が加わったことになる。

右の衝突例では右減速量が〇・一秒当り時速三五キロメートル(時速約二〇マイル)であるから一〇Gとなる。

(二) 一方、車両の通常の運行中、ブレーキをかけ停止することがある。このときも減速の加速度が加わるが、このときの加速度は最大約0.7Gである(本願明細書、以下出願公開公報・甲第二号証を引用する。同号証二頁右下欄一七、一八行)。また右値につき甲第六号証公報では「1Gを決して超えないものと考えられている。」と記載されている(同号証三頁右上欄一、二行)。したがって、ブレーキをかけても最大1Gである。

ところで、ブレーキをかけることは通常のことであるから、この際に空気バッグが働き膨張することは不要であり、むしろ危険である。したがって、ブレーキをかけたときの加速度、最大1G以下では空気バッグを膨張させないセンサが必要である。

そこで、ブレーキ(1G)の場合より大きく、身体に重傷を与えるレベルを設定して基準レベル値とし、これを超える減速の加速度が加わったとき、センサにより空気バッグを膨張させることとなる。当然の発想として衝突によって動く物体、例えば重りを利用し、これに「右動きを制する所定方向に力を加える」(付勢する)ようにバネを設け、このバネの付勢力として右基準レベル値を有するものがある。この動きを制する付勢力を、本願明細書ではバイアスと呼んでいる。

(三) 本願発明の出願前より右手段が採用されている。例えば甲第四号証(引用例1)では、重錘40または40Aにスプリング47が設けられている(同号証第4図、第12図、第13図)。

また前記付勢力の基準レベル値として1Gを超えた値とすることも固より当然である。

また原判決は本願第1発明の「低G」を「7G以下」と理解し、付勢力の基準レベル値として、甲第六、第七号証の各記載によれば、同号証の付勢手段のバイアス力を「低G」にすることが認識あるいは示唆されているものと認められるとしている(原判決二〇頁「二乃至一七行)。

いま「1G以上7G以下」のある値を基準レベル値として選択し、このレベル値を超えたとき、空気バッグを膨張させるセンサを以下「基準値方式」という。

(四) 本書面添付図1は、衝突の際の速度の減速量と停止までの時間により前述した加速度の関係を示したものである。

・ 縦軸は右減速量であり、単位は車両の速度・時速(マイル/時)で示している。

・ 横軸は停止までの時間であり、単位は千分の1秒である。

直線l4は「基準値方式」で、基準となるレベル値を4Gとした場合である。最低値が時速約三マイルとなっているのは、後に述べる感知重りの遊びのストロークによって、時速三マイル程度の遊びを設け、誤動作を防止するためである。

図中A点は、減速量が時速四マイル(七マイル引く三マイル)で〇・〇五秒(五〇ミリ秒)で停止したので、減速時の加速度は一秒当りに換算すると時速八〇マイルとなる。前述した1Gは一秒当り時速二〇マイルであるから4Gとなる。すなわち右A点の衝突事故は4Gを示している。

したがって、右直線l4は基準レベル値4Gの「基準値方式」を示す。この方式は、この直線より上側の事故で空気バッグを膨張させるものである。なお、G点を通る直線l1は、ブレーキを踏み込んだときの最大加速度1Gの基準値を示す。

(五) そこで甲第四号証(引用例1)のスプリング47に対して、同引用例に記載されていないが、仮に4Gのバイアス力を付すと、図1中の直線l4より上側のP1乃至P3点に示す衝突の時、センサ20により着火ピンを介して空気バッグを膨張させ、同直線l4より下のP4、P5の衝突では、センサ20により空気バッグを膨張させないこととなる。甲第七号証も同様に「基準値方式」である。

(六) 一方、車両運行中ちょっとした窪みとかでっばりの上を高速で走り抜けるとき、極めて短時間、基準値、例えば4Gを超える加速度が加わることがある。このような瞬間的な場合、運転者は対処できるので、空気バッグは膨張させない方が良い。このとき膨張することを誤動作と呼べば、この誤動作を防止する必要がある。

一方、バネのバイアス力を超えた加速度が重りに加えられると重りが動きはじめるので、右の極めて短い時間に重りが動く距離を仮定し、この距離を超えて重りが移動したとき、はじめて着火させる方式が考えられる。前記でっばりの通過のように瞬間的に加速度が加わっても、着火しなければ、右瞬間後加速度は消え、重りにはバネのバイアス力のみが加わり、重りは正常の位置に戻ると一応予測されるからである。

甲第四号証(引用例1)では、規制アーム75が解除凹部49に達するまで重錘40Aが移動する距離(つまり第12図における凹部41Aの両肩部42Aと43A間の距離)を設定することによって右誤動作を防止することが考えられている(原判決二二頁一六行乃至二三頁八行)。しかしこの誤動作防止は、本書面添付図1において初期値例えば時速三マイルが設けられていることと同一であって、「基準値方式」すなわち直線l4による方式を変更するものではない。またこの重錘が移動する距離に余裕を設け誤動作を防止することは、本願発明においても感知重りが移動する距離に余裕を設け誤動作を防止することと同様である。原判決が引用例1における誤動作防止に対して、本願発明の誤動作防止の作用効果は格別のものではないとするのは(原判決二二頁一〇、一一行)、このことである。

しかしながら本願発明は、右「基準値方式」を更に改良したものであって、後に述べる減衰センサによる構成と作用効果を有するものである。

(七) なお甲第六号証図12に記載されたはセンサは、減衰センサと判断される。しかし、同センサは磁気及び電気回路を使用した電気式センサである。すなわち、右発明は、バイアス力を磁気的に付与し、かつ空気バッグを膨張させるためマス(ボール状重り)が電気回路の接点に触れて閉回路を形成して行うものである。

一方本願発明は、感知重りに付勢力をバネで与える全機械式センサであり、電気を用いないものであり、甲第6号証の右発明とは基本的前提において異なる。

2、 従来技術のまとめ(「基準値方式」)

甲第四号証(引用例1)及び第七号証記載のセンサは、重りとバネ(バイアス力)を利用した「基準値方式」であり、また重りが所定距離以上動いたとき着火するよう誤動作防止が一応採用されている(甲第四号証)。

三、 従来技術の欠点と本願明細書の記載

1、 「基準値方式」の基準とすべきレベル値は、車のスピード、車種(ミニカー、スポーツカー、乗用車、ダンプなど)によっても、またバンパーの種類、フロント部分の強さなどによっても一定しないものであって、仮に5Gあるいは7Gであると定めても、一応の仮説であって、ある特定の値と定義することはできない。従来技術においても明確にはされていない。

この点について、本願明細書では、一応従来の基準値として「7G」とみている(甲第二号証二頁右下二〇行乃至三頁左上二行)。

従来技術においての問題は、基準となるレベル値自体にあるのではなく、「基準値方式」自体にある。本願明細書に「これらの全センサは速度変化検知器よりむしろレベル検知器である。」と記載されているとおり(甲第二号証三頁左上三、四行)、従来技術のセンサは右基準値となるレベル値をそれぞれ仮定して「基準値方式」を採用しているのである。

2、 ところで、甲第四号証のセンサにおいて、誤動作防止のため重錘40A(第12図、第13図)が所定のストローク(肩部42Aと同43A間の距離)移動したときはじめて着火するようにしている(同号証一二欄二三乃至三五行)。

しかしながら、現実には重錘に加わる加速度の値はまちまちであり、また重錘が動きはじめると慣性により動き続けようとするので、誤動作を必ずしも防止できない。また加わる加速度が大きければ大きい程誤動作を防止できる範囲は狭くなる。これを図式的に示せば図1の初期値付近の四分の一円内の範囲(例えばP6)は誤動作とみなし、この場合には着火しないようにしたいが、「基準値方式」では着火してしまう。一方極めて短い時間であって車が急激に停止する衝突で、右四分の一円の範囲を超えた事故(例えば点P7)では着火させたい。

従来の「基準値方式」では、右二つの状態すなわち、空気バッグを必要としない誤動作(P6)と空気バッグを必要とする衝突(P7)とを区別できない。この点につき、本願明細書では次のとおり記載している(甲第二号証三頁右上一乃至八行)。

「先行技術の機械的センサは乗客区画に配置された時に、空気バッグの必要時の衝突状態および空気バッグの不必要時の状態間の違いを区別できなかった。例えば、空気バッグが必要でない状態は、車が溝にはまった時、線路を横断した時あるいは道路の窪みにはまった時である。先行技術の機械的センサはこのような環境で空気バッグを不必要に膨張させた。」

3、 一方、比較的長い時間で停止する衝突の場合、本書面添付図1中の点P5、例えばガードレールとか雪の壁に突っ込むなど柔らかい衝突の場合、基準値(例えば4G)以下でも、人間が耐えられるのはほんの一瞬であるから停止迄耐えられず空気バッグを必要とする。本願明細書には次のとおり記載されている(甲第二号証左上三頁四乃至一三行、なおかっこ内は上告人が加入したものである)。

「時速三〇マイルで走行する車両の衝突において、車両が道路の両側の構造物に囲まれて配置される衝突緩和装置(例えばガードレール)に衝突した時を見積もってみると、7Gより僅かに下回る衝撃が生じ、従って運転手が重傷を追うに十分である。これは空気バッグを必要とする事故であり、従来のセンサでは質量を(「質量を」は誤記で削除)着火できない。先行の機械センサが失敗する場合は、雪の壁に衝突した場合、道路の氾濫領域(溝)あるいは柔らかい大地に衝突した場合である。」

なお、右記載に続く「20Gの加速が経験されると、センサが始動する。」(同一三、一四行)は、前後の文章と脈絡が一致せず誤記であって、正しくは削除すべきである。

四、 本願発明の解決手段

1、 実施例第6図、第7図

本願明細書の従来技術である「基準値方式」の「問題点を解決するための手段」は「低バイアス」及び「延長期間だけ持続する加速が要求される速度変化」に応答するセンサを形成したことにある(甲第二号証三頁右上一四乃至一六行)。しかして、右の記載は必ずしも明瞭とは言い難い。そこで、本願発明実施例である第6、第7図により右解決手段を説明する。なお、以下に方向(上又は下、左又は右)を述べるときは、右図における方向をいう。右図面を本書面に添付する。

(一) 図面及び番号の説明

第6図・・・衝突時感知重り41が右方に移動する前の状態を示す。

第7図・・・衝突時同重り41が右方に移動し、D軸が回転した状態を示す。

38・・・減衰センサ、39・・・シリンダ、40・・・ハウジング41・・・感知重り、56・・・ピン、58・・・D軸60・・・球、62・・・バネ

(二) 本願発明は、従来技術の「基準値方式」を改良したものである。そして基準値として7G以下を仮定している。

<1> バネ62は球60を右方向に弾発してバイアスとなっており、D軸を回転支軸としてピン56の上端は球となっている感知重り41をシリンダの左端の半球凹面壁に押圧している(第6図、甲第二号証四頁左上一三乃至一八行)。

<2> 車が右方に進行しているとき衝突すると、慣性力により感知重り41は右方向に移動し、第7図の状態となる。すなわち感知重り41の右上半球がシリンダ39の内壁の右上の半球状の凹面壁(肩部)に当接するように移動する。

この状態になるとD軸で支えられていた着火ピン66がはずれ、これにより着火ピン66が雷管36に衝突し、雷管を爆発させ、その結果空気バッグが膨張する(第9図、甲第二号証四頁右上八乃至一五行)。

2、 減衰センサの特徴

(一) シリンダ39の内部空間であって感知重り41の左側の領域は(以下、球左側領域という)は封鎖されており、ただ感知重り41の球面とシリンダ39の内壁面間に隙間がある。

この隙間を通じてのみ外部空間である感知重り41の右側の領域(以下、球右側領域という)と通じている。

(二) 衝突直後の極めて短い時間での状態すなわち、感知重り41が僅かに右に動いた時を想定する。重り41の左半球面がシリンダの左端の半球凹面と重なり接触した状態から右に僅かにずれた瞬間は球面左側領域は真空に近い状態になる。一方、球右側領域は外部空間の大気圧となっている。

従って、球右側領域の方が球左側領域よりその圧力が高くなる差圧状態となる。このため右側に動こうとする感知重りに対して、この差圧に基づく力が右側から左側方向に加わり、感知重りの動きを抑える(甲第二号証四頁右上三乃至六行)。即ち感知重りの動きを抑える力である減衰力が働く。一方球左側領域が完全な真空状態になれば、感知重り41が右側に動かなくなるから、通気する必要がある。本願明細書に「この差圧は、シリンダ38(39のこと)および重り41間の隙間に流れる空気で緩められる。」と記載されている(同四頁右上六乃至八行)。

更に、この隙間を流れる空気によって、感知重りには次のような流体抵抗による減衰力も働く。

(三) 空気は流体であって、流体力学上の常識として次の現象がある。

球右側領域から球左側領域に流体である空気が流れるとき、その流れる領域の断面積が急速に変化する状態が維持されると、この間に球表面と流れる空気との間に抵抗が生じる。

第6図および第7図に示した減衰センサでは、感知重り41の球右端において、空気の流れる断面積はシリンダ39の円筒の断面積であるのに対し、前記隙間のある部分はシリンダ39の円筒内壁面と球41の外周面とに挟まれた巾の狭いリング状の断面積となる。そして図から明らかなとおり、球右端からリング状の最も狭い隙間に至る間、空気の流れる断面積が急激により小さく変化する領域がある。

そこで、空気(液体)の流れによって、この流れる空気と感知重り41との表面との間に抵抗が生ずる。また、差圧状態がより高い程空気の流れは速くなり、その結果この抵抗はより大きい値となる。そのためこの抵抗は衝突直後の極めて短い時間に働くことになる。そして、この抵抗は、感知重り41を左側に押す力となる。

すなわち、感知重りに対して、感知重りの左右の差圧に基づく力と流体抵抗に基づく力が、いずれも右側から左側方向に加わり、感知重りの動きを抑える減衰力として働く。この減衰力を利用したセンサを減衰センサという。この減衰力はバネ62のバイアス力に加算されて、感知重りをその分動きにくくし、みかけ上バイアス力が高まることになる。

(四) そこで、第6、第7図においてバネ62にバイアス力として基準値4Gを与え、感知重り41が右に動くときの状況を図1の基準値方式と重ねて表現すると図中のL4となる。

停止までの時間が極めて短い場合には減衰力がより大きく加算され、みかけ上のバイアス力が大きくなる。停止までの時間が長い場合には減衰力の加算分は殆どない。

そこで、バネ62に「基準値より低いバイアス力」である2Gを付与した状態を示すと図中のL2となり、L4と同様に停止までの時間が短い場合において、みかけ上のバイアス力が大きくなる。

(五) 「基準値より低いバイアス力」を与えたL2に着目すると、

第一に誤動作の可能性のある例えば点P6の誤動作を、みかけ上のバイアス力の上昇によって確実に抑止し、不必要に空気バッグを膨張することを防ぐことができる効果があり、

第二に「基準値方式(4G、l4)」では、着火しない基準値より小さい加速度の加わる柔らかい衝突、ガードレールあるいは雪の壁への衝突で停止までの時間が比較的長い事故である例えば点P5に対しても着火し空気バッグを確実に膨張させる効果がある。

(六) なお本願明細書添付第10図は、空気の流路の断面積が一定であり、前記減衰力抗が生じないので非減衰方式、換言すれば「基準値方式」であり、本願発明の実施例ではない(甲第二号証四頁右上一六乃至一九行)。

五、 本願発明の構成と効果

本願は併合出願であり(適用法は昭和五九年法律第二四号改正法)、第1乃至第3発明はそれぞれ別発明であって、その主要部である減衰センサの構成(以下、本件構成という)を各発明の構成に欠くことができない事項とし、かつ同一の目的として前述した二つの効果(以下、本件効果という)を達成するものである(法第三八条第一号)。

1、 第1発明における「比較的低G」と「十分な回転」の組合せ

(一) 第1発明は、その構成要素である「比較的低Gの付勢手段」及び回転軸の「十分な回転」の組合せによって、本件構成を有し、また本件効果を奏する。

(二) 「比較的低G」

前述した基準値は車種、車体の構造などによりばらつくので、一定の絶対値として定めることはできないが、「1G以上であって7G以下」と大ざっぱにはいえる。しかし実際にある特定の車に空気バッグを登載するとすれば、バネの付勢力として7G、6G、5Gあるいは4Gとしての基準値を定める必要がある。

そして、第1発明ではバネの付勢力として、この「基準値より低いバイアス力を付与する。」との技術手段を「比較的低G」として構成している。

(三) 「十分な回転」

「十分な回転」とは、第6図及び第7図でいえば、D軸58の十分な回転、換言すれば感知重り41の第6図から第7図に至るストロークを十分な長さとすることである。

これによって、着火迄の時間を長くして、着火の不必要な衝突直後の極めて短い時間を包含し、みかけ上のバイアス力により誤動作を防止している。

(四) したがって、第1発明は右二つの要素によって、「本件構成」を得、かつ「本件効果」を奏している。

2、 第2発明における「7Gより小さい所定レベル以上の加速度」と「所定の移動」の組合せ

(一) 第2発明は、その構成要素である「7Gより小さい加速度」の付勢手段及び感知重りの「所定の移動」の組合せによって本件構成を有し、また本件効果を奏する。

(二) 「7Gより小さい所定レベル以上の加速度」

本願明細書では従前のセンサのバイアスが基準値として7G以上であると認識している。また車体によって7Gを基準値とすることが適切なときもある。

そこで、比較的低バイアスとするため基準値である「7Gより小さい所定レベル」を付勢手段に与えたものである。

(三) 感知重りの「所定の移動」

この要素は前記1(三)に同じである。

(四) したがって第2発明も第1発明と同様にその一部に採用している右二つの要素によって「本件構成」を得、かつ「本件効果」を奏している。

3、 第3発明における「低バイアス」と「所定時間持続」の組合せ

第3発明の付勢手段として「低バイアスを形成する手段」及び所定以上のバイアスレベルが「所定時間持続」し感知重りが所定時間移動するとの組合せによって、本件構成を有し、本件効果を奏することは、前記第1及び第2発明と同様である。

六、 原判決の誤り

1、 特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明に記載されたこと及び同説明の言及する必要な図面に記載されたことにより支持されている(現行法第三六条第六項第一号、本件出願時旧法第三六条第四、第五項)。

また発明の要旨認定に当り判決例としても発明の要旨を記載した「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」とされている(一例として「リパーゼ事件」、最判平三・三・八判決、民集四五巻三号一二三頁)。

そして、原判決も特段の事情があるとして、発明の詳細な説明を参酌している(原判決一六頁一四行以下)。しかし右参酌したのは本願各発明を「基準値方式」と誤解し、この方式における技術的意義としての基準値「低G」の値自体(絶対値)が一義的に明確にすることができないとして発明の詳細な説明及び必要な図面を参酌したに過ぎない。

しかし、以下に述べるとおり、原判決は本願発明の方式、すなわち従来技術の問題点を解決するための手段である減衰センサについて、その技術的意義を理解するために法の右趣旨を適用したものではない。

2、 原判決は第1発明における「比較的低Gの付勢手段」における「比較的低G」を「バイアス力の基準」すなわち前述した従来例の「基準値方式」における基準値と誤認している(原判決一七頁五乃至八行)。すなわち原判決は右要素を基準値である絶対値と訳解し、この「低G」の値自体が「7G以下」であるとしても甲第六、第七号証にはバイアスの値として「7G以下」が示されているとして審決の判断に誤りはないとした(同二一頁八乃至一五行)。

しかしながら、第1発明における「比較的低G」との要素は基準値ではなく、「基準値に比較して低いバイアス」の値にするということであって、また「十分な回転」との組合せによって前述した本件構成を有し、かつ本件効果を奏しているのである。

したがって、原判決は発明の要旨認定にあたり「比較的低G」の解釈を誤ったものである。

3、 原判決は誤動作の防止について、本願発明は甲第四号証(引用例1)における、規制アーム75が解除凹部49に達するまで重錘が移動する距離)を設定することによって誤動作を防止できることに対して格別のものではないとするが(原判決二二頁一六行乃至二三頁八行)、前述(二項1、(六))したとおり、それは重りの移動にストローク・余裕があるという両者に共通の事項に過ぎず、本願発明におけるみかけ上のバイアス力の上昇による効果を看過したものである。

その結果、第1発明は前述したとおり停止時間が短い場合、みかけ上のバイアス力の上昇によって誤動作を防止でき、また右ストロークを「十分な長さ」とし、柔らかい衝突に対しても空気バッグを膨張させることができるようにしたものである。

本件第1発明は、誤動作防止と柔らかい衝突の両者にに対して空気バッグを膨張させるという格別な効果を奏するものである。

第1発明の効果は、引用例1と比較し「格別のものではない。」とする原判決は誤りである(原判決二三頁一〇、一一行)。

第2発明及び第3発明についての原判決の認定は右に述べたことと同じく誤りである。

4、 まとめ。

特許請求の範囲の記載は、第一に発明を技術的事実として記載する面と、第二にこの記載に法律を適用して権利付与(発明の要旨)あるいは権利侵害(技術的範囲)を明確にするという法適用の二面性がある。

原審において、上告人は審決の発明の要旨認定及び引用例1との一致点、相違点の各認定を認めている。しかしながら、右五項に述べた本願各発明と引用例1との相違点を明確にするためには、本願発明の前述した各要素を明確にすべく、発明の詳細な説明及び必要な図面を参酌することが必要である。

しかしこの法律適用の面における主張を必ずしも明らかにすることなく、審理終結となった。そのため、引用例1に対して本願各発明の有する本件構成及び本件効果の相違点のあることを看過した誤りが、審決に残存している。

この後者、法適用の面において、審理不尽であり、更なる審理がなされるべきである。またこのことを換言すれば、原判決は法第三六条第四、第五項を本願明細書に適用するに当りその具体的適用を誤ったものというべく、違法である。またこの誤りは原判決及び審決の結論を左右するものであるから破棄されるべきである。

以上

図1

<省略>

FIG.6

<省略>

FIG.7

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例